― 幼児×公文を1年半続けたリアル体験談 ―
現在年少の娘が1年半公文に通ってみて、幼児の公文は想像以上に親の忍耐が必要であることを目の当たりにしました。毎日の大量のプリント、声かけの大変さ、子どもの気持ちの波。フルタイムで働きながら、帰宅後の一番主婦として貴重な夕方の時間を毎日1時間弱とられる日々。幼児期に公文をされているご家庭は何度も、「もう辞めたい」と葛藤されたことがあるのではないでしょうか?
私もその一人で、この1年半の間に何度も辞めようか迷いました。しかしピークを超えると「続けてよかった!」という気持ちがひしひしと込み上げてきます。この記事では公文歴1年半のリアルな経験から、「しんどい」けども「続ける価値」について、正直にお話しします。
なぜ幼児期から公文をはじめたのか
我が家が公文を始めた理由は、子どもの将来の選択肢を広げたいという思いがあったからです。
どのような道に進むとしても、基盤となるのは確かな学力や思考力。
その土台を築くことは、幼児期に関わる親の大切な役割だと感じていました。
また、小学校生活を楽しむためには、入学前に“自信”を育てておくことも重要だと考えています。
ひらがなや数字、簡単な計算を先取りしておけば、入学後の授業にスムーズに入っていけるだけでなく、「自分にもできる」という小さな成功体験が、子どもの安心感や自己肯定感につながります。
幼児期の学びは、決して無理に詰め込むものではなく、むしろ “学びに向かう姿勢を育てる時期” だと思っています。その点、公文の「毎日コツコツ続ける仕組み」は、家庭だけでは作りづらい学習習慣を整えやすく、幼児期の教育環境として非常に魅力的でした。
さらに、我が家では将来的に中学受験を視野に入れていることも、公文を選んだ大きな理由のひとつです。中学受験では“基礎学力の積み重ね”が欠かせず、特に幼児期からの学習習慣は何よりの強みになります。公文で身につく「自分で進める力」や「毎日学ぶ姿勢」は、後の学びを支える確かな力になると感じています。
実際に1年半続けて感じたこと
帰宅後の“貴重な1時間”が毎日公文で消えていく
フルタイムで働く家庭にとって、夕方は一日の中で最も忙しく、
家事・夕食準備・翌日の段取りなど「やるべきこと」が山ほどあります。
しかし、公文を続けるとなると、その 貴重な1時間弱を毎日宿題に充てる必要があります。
我が家では幼児期は“読み・書き・数”の基礎を固めたいと考え、国語と算数の2教科を受講しています。宿題の量は1日あたり国語が10枚、算数が5枚です。
- 早く夕飯を作りたいのに進まない
- 洗濯物を畳みたいけれど座っていられない
- 明日の準備もまだなのに時間だけが過ぎる
「今この時間に家事したいのに…」という焦りと、「宿題をやらせなければ」という責任感の板挟みで、精神的にかなり消耗しました。
子どもはマイペースで宿題は“チンタラモード”
大人の事情とは裏腹に、子どもはいつも自分のペース。疲れている日もあれば、遊びたい気分の日もあります。
- 鉛筆を持ったままぼーっとする
- プリントの空いてるスペースに落書きをする
- 1枚終わるまでに20分以上かかる
- 間違えるたびに手が止まる。自分で消しゴムで消したい!と言い張り、なかなか消えずに時間がかかる
こちらは全力で家事との両立を考えているのに、子どもはお構いなしでチンタラ進むので
イライラと焦りがどんどん積もっていくんですよね。
「なんでこんなに進まへんの?」
「いつになったら夕飯食べれるの?」
と、思わず声を荒げそうになる日もありました。というか何度か声を荒げてしまってました。
どれだけ頑張っても“進度が思うように伸びない”
幼児期は理解の波が大きく、
親から見ると「昨日できたことが今日はできない」なんてことが普通にあります。
特に我が家では、
- 19の次を必ず「30」と読む
- 9の向きを逆にして何度も書く
- 何度教えても5と8が書けない
など、小さなつまずきが何度も繰り返されました。
親としては毎日一緒に頑張っているのに、
プリントを見ると思ったほど進んでいない。
そのギャップに落ち込んだり、「うちの子には向いてないのかな…」と弱気になることもありました。それでも、毎日取り組んでいる中で感じたことがあります。
子どもは注意力が切れそうな日でも、決まった宿題の量を必ずこなしていたということです。
大人から見ると“チンタラ進んでいるだけ”に見える日もありましたが、
幼児にとっては「毎日同じ時間に、同じ量をやり続ける」こと自体が、大きな成長でした。
特に驚いたのは、
1年半のあいだ一度も宿題を忘れたことがなかったということです。
疲れている日、機嫌が悪い日、遊びたい気持ちが勝ちそうな日……
どんな日でも机に向かい、少しずつでも前に進もうとする姿は、親として本当に誇りに思いました。
「集中してない」「なかなか進まない」とつい焦ってしまうこともありますが、振り返ると、毎日欠かさず続けてきた事実そのものが、子どもにとって一番大きな力になっていたのだと感じています。
それでも続けていてよかった!
1年半続けてきた今、ようやく「続けてよかった」と心から実感できるようになりました。
その理由の中でも最も大きいのは、親子で一緒に味わえる 「できた!」の喜び です。
その“できた”は、本当に小さなことの積み重ねです。
たとえば、
- 国語のプリントに出てきたひらがなを、ゆっくりでも一人で読めた
- 「+1」の足し算が、初めて自力で解けた
- 9の向きを逆にして書かなくなった
といった、ごくシンプルな達成でも子どもにとっては大きな前進です。
そして、その姿を隣で見ている親にとっても胸にしみるほど嬉しい瞬間です。苦労した分喜びも大きいです。
これまでの苦労が大きかった分、喜びも自然と大きくなります。
公文を始めた頃、先生から「小さな“できた”の積み重ねが大切ですよ」と言われていましたが、
当時の私は正直その意味を深く理解できていませんでした。
しかし、1年半続けてみてようやく気づきました。
“できた”が積み重なるたびに、親子の心が軽くなり、前向きになっていくことを。
初めて一人でできた日には、思わず親子で抱き合って喜んでしまうほどです(笑)。
今では、
「できた!」を積み重ねていく楽しさこそ、公文を続ける最大の価値
だと感じています。
これからも、この小さな成功体験を親子でゆっくり積み上げていきたいと思っています。
まとめ
幼児が公文を続けていくためには、宥めたり、怒ったり、褒めたりと親のサポートと忍耐が欠かせません。
週2回の教室に通うだけでは十分な力はつかず、やはり日々の宿題が成長の鍵になります。
その宿題をマイペースに進める子どもに寄り添うのは簡単ではありませんが、毎回年少の娘を50分近く丁寧に指導してくださる先生方には本当に感謝しています。
娘がわずかでも前に進めたとき、私たち親と同じように喜んでくださる姿は、励みにもなっています。
公文の醍醐味である 「できた!」 の瞬間を実感できるようになるまでには時間がかかりましたが、その喜びを知った今、これからもこの成功体験を親子で積み重ねていきたいと感じています。
この記事が、公文を検討されている方や、同じように通わせながら悩んでいる方の背中をそっと押せる存在になれば嬉しく思います。


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